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事務局長の回想
私が想う法政大学アメリカンフットボール部後援会の歴史
約30年以上前、後援会は、「父母会出身者の組織」として創設され、初代会長に土屋正男氏が就任されました。 その後、松下 糺(ただし)法政大学工学部出身のOBの提案で、「誰でも入会できるオープンな組織」が出来上がりました。この松下さんはとても熱心な方で、神奈川県の外れの冷凍マグロで有名な三崎市にお住まいで、ある時一日3試合の観戦を、私としていたところ、当時の大森監督と顔が合い、早くから熱心ですねと声を掛けられたことが記憶として蘇ります。
未だ当時は旧川崎球場にアルミ製の3段の脚立をいくつか設置し観戦したものです。
現在は、武蔵小杉のグラウンドで使用しており、グラウンドに行くたびに当時を思い出します。
私は事務局2代目で、先代は野中興亜さんでした。ある日、「トマホークス」(現オレンジ)部室の会議室に役員が集まり、経費削減の会議が開かれました。当時は、季節に応じ、その都度、会員に郵送で連絡をしておりました。 その会議で、「これからはネットの時代」との指摘を受け、長谷部顧問のアドバイスもあり、私が引き継ぐことになりました。
その後、2代目として、清水さんが会長に就任され、今日に至っております。
その間、関東8連覇もあり、関東の覇者として甲子園ボウルに出場し、5回の学生日本一に輝きました。
色々な苦労はありましたが、後援会会員と接点を持て、会員の皆さんともに「トマホークス」そして「オレンジ」を応援することできています。 つらい思い出もあったと思いますが、楽しい思い出ばかりが思い出され、幸せな限りです。 今後も、会員の皆さんとともに会場で精いっぱい「オレンジ」を応援し続けます。
後援会 事務局長 根本文雄
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